神奈川県小田原市の盛月堂本舗は、小田原市の代表的な和菓子である甘露梅(かんろばい)の製造元であり店舗でも販売しています。
なぜ小田原は梅が有名なの?
神奈川県小田原市はなぜ梅が有名なのか?理由はいくつかあります。
【戦国時代の食料】
ひとつは戦国時代に小田原城を拠点とした戦国大名・後北条氏が、兵糧(軍事食糧)として梅の栽培を奨励したのが始まりという説があります。
もし城が敵に攻められた時、城内に梅を植えていれば実が食料になるので、北条氏は城下や周辺の領地に多くの梅の木を植えさせたといわれます。実際に梅干しは「クエン酸」による疲労回復効果が高く、殺菌作用もあるため、戦国時代に携帯食や傷消毒に用いられました。
【江戸時代の旅人携帯食】
江戸時代になると小田原は東海道の小田原宿ができ、多くの旅人が訪れて栄えます。西に広がる箱根の山を越える旅人は峠を越える前の栄養補給として、小田原で梅干しを買い求めました。また道中の弁当が傷むのを防ぐ防腐剤としても小田原の梅干しが大ヒットしました。歌川広重の浮世絵などにも、小田原近くの梅林(現在の曽我梅林周辺)で旅人が憩う姿が描かれています。
【梅が育ちやすい場所】
地理的な条件も梅のクオリティを大きく高めました。小田原は温暖な気候で南向きの斜面が多く、相模湾からの温暖な海風が吹き込むため、冬でも比較的暖かく、梅の開花や結実に最適です。また箱根山や富士山の火山灰土が積もった土地は水はけが良く、果樹(特に梅やミカン)の栽培に非常に適しています。以上のことから小田原が梅の名所になったと考えられています。
そして名物
小田原市は梅の名所で梅を使ったお菓子がいくつもありますが、その中のひとつが盛月堂の甘露梅です。どんな和菓子かというと、しおりにも書かれている様に、蜜づけしたシソ葉であん入りの求肥(ぎゅうひ)をひとつづつ包んだお菓子。
今回は9個入りを買ってみました。フィルムに包まれていますが、半生菓子なので蜜(汁)が程よく箱の中を浸しています。だから傾けたりすると箱からこぼれ落ちるかもしれません。
食べた感想ですが、まずシソの筋を全く感じませんでした。口の中でシソを千切ると、中には甘さ控えめの餡(あん)が入っており、ほんのりしょっぱいシソの葉と中の餡の調和が完全に合います。甘じょっぱい?と表現しようとすると、口の中のシソの香りも広がりるのでさっぱりした後味です。
甘露梅はこのシソの葉の程よいしょっぱさが特長なので、緑茶はもちろんお酒が好きな方は焼酎にも合わせることができると思います。小田原市は歴史ゆかりの名所旧跡が多い場所です。小田原城はもちろん、史跡巡りで訪れた時にはお土産候補のひとつとしてチェックしたい甘露梅です。
